ベンダーロックインと日本のITが抱える問題

ベンダーロックインと日本のITが抱える問題

2025年9月11日

サムネイル画像

ベンダーロックインは企業/組織のITシステムの開発・保守の発注先が特定のベンダーに大きく依存してしまっており、他社ベンダーへの乗り換えが難しくなっている状態を指します。
これは特に官公庁系やITをビジネスのソリューションではなくコストとしか見ていない組織/企業で発生しがちで、ITシステムの開発/構築、運用費用の増大しうる原因となり得ます。
今回はこのベンダーロックインとなりがちな日本企業の歴史的背景とそれを防ぐための考え方及び、ITシステムの運用基盤の構築方法に関して検討を行います。


ベンダーロックインの定義

ベンダーロックインはシステム開発/構築・保守の発注先が特定のベンダーに大きく依存してしまっており、他社ベンダーへの乗り換えが難しくなっている状態のことを指します。

ベンダーロックインにはコーポレートロックインとテクノロジロックインの2種類に分類できます。

  • コーポレートロックイン
    • 現行ベンダーが自組織の業務/システムの細かい仕様を深く把握しているため、他社への移行が難しい状態
  • テクノロジロックイン
    • ベンダー独自の開発/構築手法、仕様などにより現行のIT基盤が技術的な制約が大きいため他社への移行が難しい状態

このうちコーポレートロックインに関しては日系企業が抱える、企業/組織のITに対する関心/位置づけの低さに大きく起因していると私は考えています。
次項でそれに関してもう少し深堀します。

SIerと日系企業のIT基盤システム構築の歴史

日系企業/組織では米国や欧州の企業/組織と比較してITに関する関心/立ち位置が低い傾向があります。
特に直接IT技術から収益を得るビジネスモデルではない事業会社(製造業、小売/飲食業、旅客宿泊業など)で顕著です。 一方で、2000年前後に誕生したWebサービス系事業会社(Yahoo,楽天, CyberAgentなど)はそうではない傾向があります。これはコンピュータと日本企業の歴史的背景から読み解くことができます。

これらの問題に対して日本のITの歴史/日本の文化という観点から紐解きましょう。

黎明期の計算センターとしてのIT基盤

日本の高度経済成長期(1960年代)、コンピュータは非常に高価で、一部の大企業や政府機関しか導入できませんでした。当時はいわゆるメインフレーム/ミニコンピュータと呼ばれるコンピュータが主流でした。
IBMを筆頭に日本国内では富士通/日立製作所/日本電気がIBM互換のメインフレームをリリースし、企業はこれらを計算センターに設置し運用を始めるようになりました。

このころ誕生したのがSIerの原型となるビジネスモデルで、自社でコンピュータを所有できない多くの企業が、ITシステムを外部の専門業者に委託するようになったのがきっかけでした。

メインフレーム

IT部門のコストセンター化と専門性の軽視

1980年代後半に「情報システムは競争戦略の武器」として認識された時期もありましたが、多くの日本の事業会社でIT部門は「金食い部門」や「下請け的なサービス部門」と見なされるようになります。
ITに関する専門知識を持つ人材が軽視され、情報子会社として切り離されるケースも増えました。一方、SIerは高度なシステム開発ノジュールを提供することで、ITの専門家集団としての地位を確立していきました。

また、日本の「終身雇用/年功序列」といった戦後形成された雇用慣行もSIer文化を助長しました。
システム開発の需要が一時的に増減する場合でも、日本の制度では正社員を簡単に解雇できないため、企業はコア業務に集中し、IT人材を外部に委託する選択をしました。
これによりシステム開発の需要がSIerに集中し、元請けから下請けへと続く多重下請け構造が確立されました。この構造がコストや技術伝達の非効率性を生み、「ベンダーロックイン」(特定のSIerに依存してしまい、他社に乗り換えられない状況)の原因にもなりました。

オープン系技術の登場とWWWによるインターネットの公衆化

1985年から1990年代にかけて、Microsoft(Windows 1.0)やApple(Macintosh)によるGUI操作可能な個人用のコンピュータであるパーソナルコンピュータ(今のPC)のリリース、linus torvaldsによるUNIX互換OS(厳密にはカーネル)であるLinuxのOSS公開、商用インターネットの解放などインターネットの黎明期として重要な出来事がいくつも起こりました。
これら3つの出来事は2000年代前後に登場した新しいビジネスモデルであるWebサービス系事業会社の登場の基盤となりました。

日系企業と海外企業とのITに関する哲学の違い

海外の企業(特に米国)では、ITを競争力の源泉と捉え、自社のビジネスに直結するアプリケーションやインフラの構築・運用を内製化する傾向が強いです。
これは、事業の変化に迅速に対応するためには、IT部門が事業部門と密に連携し、自社のビジネスを深く理解する必要があるという考えに基づいています。この背景には職務が明確なジョブ型雇用が主流であるため、必要に応じて専門的なスキルを持ったIT人材を採用・解雇することが柔軟に行えることが関係しています。

ベンダーロックインが生まれる背景を整理する

ここまでで日本のITシステムに関する歴史と海外企業とのITに対する哲学に関する違いを説明してきました。ここでベンダーロックインが生まれる背景を整理すると以下の通りです。

  • SIer丸投げ文化
    • ITの内製化/ITのビジネスソリューション的視点が自社で育たない
    • SIerの提案するシステム開発/構築が組織が抱えるビジネス課題の解消に本当に見合うかどうかを見抜けない
  • ITの内製化を行わなかったため、事業会社にITに関するノウハウが蓄積されていない
    • どこがITによる効率化/問題解決できるかがわからない
    • ベンダーの高額な保守/維持費を丸吞みせざるおえない
    • DX化の停滞/社内IT人材の不足

日系事業会社のIT内製化の動き

2018年前後から日本の多くの企業が内製化に踏み切ろうとしています。 そこにはDX化の推進、市場の変化への迅速な対応、コスト削減、そして社内への技術やノウハウの蓄積といった目的があります。特に、自社のビジネスに直結するITシステムについては、外部に依存するのではなく、自社でコントロールするべきだという考えが強まっています。

私の知る限り以下の企業はITの内製化を始めています。

  • 星野リゾート(宿泊業)
  • ゲオグループ(小売業)
  • カインズ(小売業)
  • ユニクロ(小売業)
  • デンソー(製造業)
  • エディオン(小売業)

こうしてみるとBtoC向けビジネスはITの内製化しやすい傾向があります。
金融系/医療系、製造業は責任境界の明確化(悪い言い方をすると押しつけ)/セキュリティの観点からおそらくSIer依存のモデルが続くとみられます。官公庁系、教育機関系も慣習的観点から同様です。
また、物流/倉庫系、運輸旅客業(鉄道,航空)、インフラ系(電気/ガス/通信)も設備の専門性の観点からSIerに依存せざる負えないでしょう。

総括

ベンダーロックインやSIer依存を避けるには以下視点が不可欠です。

  • 企業/組織内でのIT・DX人材の育成(内製化)
  • オープン系技術の採用(ベンダー固有技術に依存しない)
  • 社内/組織に業務内容と既存システムの仕様・課題などを把握した専任担当者を設置する

多くの日系企業がITを重要な戦略の基盤として位置づけ、認識することを願っています。